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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)378号 判決 1981年4月28日

原告

フイゾンス・フアーマシウテカルス・リミテツド

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和55年(行ケ)第378号審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和55年8月1日、同庁昭和49年審判第10924号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、西暦1967年(昭和42年)8月8日に英国でした特許出願に基づく優先権を主張して昭和43年8月5日に特許庁に対して特許出願(昭和43年特許願第54993号、以下「原出願」という。)した。右原出願は昭和46年3月2日出願公告(特公昭46―8317号)されたが、原告は昭和46年4月14日特許法(昭和45年法律第91号による改正前のもの。以下同じ。)第44条第1項の規定による原出願からの分割出願として名称を「経口吸入用医薬の製法」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願(昭和46年特許願第23213号)したところ、昭和49年8月26日拒絶査定を受けた。

そこで、原告は同年12月24日審判の請求をし、昭和49年審判第10924号事件として審理されたが、特許庁は昭和55年8月1日「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決をし、その謄本は、出訴期間として3か月を附加する旨の決定とともに同月13日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

0.01~10ミクロンの範囲内の所望の実効粒度をもつまでナトリウム・クロモグリケートを単独に又は他の医薬成分と共に粉砕することから成る、0.01~10ミクロンの範囲の実効粒度をもつナトリウム・クロモグリケート又はこれと他の医薬成分との混合物の製法。

3  審決の理由の要旨

本件発明の要旨は、前項のとおりである。

ところで、特許法第44条第1項には、「2以上の発明を包含する特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる」と規定されているが、「2以上の発明を包含する特許出願」の「包含される発明」は、特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明、すなわち特許出願に係る発明を意味するものと解されるから、新たな特許出願における発明は、もとの特許出願の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明でなければならない。すなわち、適法な分割出願であるためには、その分割出願に係る発明が、出願の分割の際、もとの特許出願の特許請求の範囲に記載されていなければならない。

もつとも、特許法第41条の規定によれば、特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明でない発明であつても、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前であれば、出願当初の明細書又は図面に記載されている限りその発明を特許請求の範囲に記載することが可能であるから、出願の分割の際、現にもとの特許出願の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定された発明でない発明についても、その分割を主張して新たな特許出願とすることは許容されるが、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後においては、特許法第64条の規定による補正の制限を受けてもはや特許請求の範囲に記載することは不可能となつているから、その分割を主張して新たな特許出願とすることは許されないものといわねばならない。

そこで、本件について前記の観点に立つて検討を加えるに、本件の原出願は、昭和45年11月24日に出願公告をすべき旨の決定がなされ、昭和46年3月2日に特公昭46―8317号として出願公告されたものであり、そして出願公告された明細書の特許請求の範囲の記載は次の通りである。

「0.01~10ミクロンの範囲の実効粒度をもつ微細な医薬と、担体として30~80ミクロンの実効粒度をもつ分子量500~200,000の範囲のデキストラン又はマニトール又はラクトーズ又はマルトーズとを混合することを特徴とする、上記の微細な医薬成分と比較的粗い担体との混合物よりなる経口吸入用の医薬粉末組成物の製法。」

一方、本件発明の要旨は、前項記載のとおりのものであり、そしてそれは原出願の出願公告された明細書の特許請求の範囲に記載されていないことは明らかである。従つて、本件発明は原出願の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定された発明ではないから、本件は適法な分割出願ということはできない。

してみると、本件は原出願の時にしたものとはみなされず、その出願日は、現実に出願した昭和46年4月14日とすべきである。そしてまた、本件について原出願に伴う優先権主張が認められないことも明らかである。

ところで、前記特公昭46―8317号公報には、発明の詳細な説明の欄に本件発明と同一の発明が記載されているから、本件発明は特許法第29条第1項第3号に該当する。従つて、本件発明は同条の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取消すべき事由

審決は、次に述べるとおり、特許法の解釈を誤り、本件出願について適法な分割出願ということができないとし、出願日の遡及を認めることなく、本件発明を原出願のものと同一の発明であるとしたもので、右審決は違法であり取消されるべきである。

(1)  審決は特許法第44条第1項にいう「包含される発明」について特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明を意味していると認定している。

しかしながら、特許法第44条第1項は、「特許出願人は2以上の発明を包含する特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる」と規定しているのみであつて、そこでいう発明は、審決の認定するように、特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明のみを意味すると解すべきではない。

(2)  公告すべき旨の決定の謄本の送達の前と後との分割出願の取扱いの差について、審決においては特許法第41条と同64条との補正事項の差に根拠を求めていると解されるが、それは両者の分割出願することのできる発明の内容(その発明が原出願明細書のどこに記載されていたか)の差の根拠にはなりえない。すなわち、特許法第41条及び同64条の規定はいずれも補正に関するものであつてそれは1つの特許出願、例えば原特許出願の出願から特許されるまでの過程においてなされる補正内容についての規定であり、1つの特許出願から分割された分割出願の内容をも規制するものではないからである。

(3)  本来、特許法は新規な発明がなされたならば、それを保護し、他方公開させて全体として産業の発達を図ることに目的がある。そして、特許法第38条において1発明1出願の原則を定めているため、錯誤により2以上の発明を1出願でなした場合の救済規定を特許法第44条として設けていると解される。そうしてみると錯誤により2以上の発明が1出願に含まれていることが見出されたならば出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後といえども送達前と同様に分割出願をすることを認めるのが法の趣旨に適うものである。

第3被告の答弁

請求の原因に記載の事実は、すべて認める。

理由

1  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

特許法第44条第1項の規定による分割出願において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、特許制度の趣旨に鑑み、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限らず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えなく、また、分割出願が許される時期は、もとの出願について査定又は審決が確定するまでであると解するのが相当である。

また、特許法第64条第1項本文によれば、明細書又は図面の補正は、特許出願について査定又は審決が確定する以前であつても、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後は、特許法第50条の規定による通知を受けたとき、又は特許異議の申立があつたときは、同条の規定により指定された期間内に限り、特定の事項についてこれをすることができるとされているが、単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正は、前記特許法64条第1項本文の規定にかかわらず、これをすることができるものと解するのが相当である。

従つて、右と異なる見解により、本件は適法な分割出願とは認められないとし、このことを前提として本件発明は原出願に係る発明と同一であると判断した審決は違法であり、取消を免れない。

2  よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用は敗訴の当事者である被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)

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